お弁当のお話
明日は運動会。
明日こそ!運動会。

「たのむぞよ・・・」材料を買出しに行く途中、
空を見上げてつぶやいた。

お弁当といえば。
やはりうちの母の弁当を思い出す。

うちの母・・・。
このブログを見ていない(見れない)ので書きますけど・笑
料理があまり得意ではありません・笑

子どもの頃の夕飯は
[月曜がカレーの日で火曜がシチューの日で水曜がギョウザの日?」って
くらい7パータンがつねにぐるぐるまわっていました・笑

見ていないから書くんですけどね・苦笑


で恐怖のお弁当が・・・。
確かに私が高校の頃は弟が中学生、父も母も弁当持ちで会社に
行ってたから家族4人の弁当作りは大変だったと思うんだけど・・・

まるでまるで
「ちりとてちん」の糸子さんのお弁当のようだった・笑
いわゆる色見のない、「真っ黒け弁当」と私と弟は銘々していた。

なんでここまで・・・
というほど、茶色一色の弁当。

唯一キレイな色見を出すはずの卵焼きまで、
醤油を入れられ、茶色に変色・驚!!

3年間、そのお弁当を作っていただいていたので
見慣れた私はそのまま高校へ・・・。

中学校に入りたての弟と帰り道ばったり会った時のこと。

えらい勢いで私の顔を見るなり突進してきた弟は
「お、おねえちゃん!今日のお弁当見た???びっくりして蓋とじちゃった!」という。

「弟よ・・・。「今日」じゃないくそれが毎日だからね!」と姉らしくアドバイスしてあげた・笑
その日からよく部屋で弟と「お弁当談義」をしたものだった。

そしてあれから20年以上経つが、
大人になって、主婦になって思うことがある。
あの真っ黒け弁当には冷凍食品が一つも入っていなかった。
煮付けであったり煮物であったり・・・
とにかくすべて手をかけて作られたもの。
煮汁でご飯が茶色に変色しようとも
とにかくすべて母の手作りだった。

「忙しくて色合いなんて考えてる暇がなかったよ!」と母は言う。
確かにそうだろうね。

そして、すべてが手作りが当たり前に育った私も
冷凍食品を使うという意識がないことに気が付いた。
ギョウザだろうがなんだろうが
あれはいちから作るものだと普通に思ってた。

そう考えると真っ黒け弁当やメニューの少ない母の手料理も
私や弟の中にちゃんとしみているんだと思った。

おかげで私は料理好きになり・・・
弟も調理師になった。

ほのやtakeちゃんのお弁当を作るとき、
やっぱり色合い重視(トラウマ?)になっちゃう所はあるけれど
それってたまに作るものだからできるのかもね。

そんな母も、仕事を退職してから料理教室に通ってたな・笑
私にからかわれるのがよっぽど悔しかったんだと思う。

ひどい娘でごめんなさい・涙




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by nonohome | 2008-05-30 22:00 | 暮らし
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